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橋下分析/橋下知事の問題点を突く~「虎の尾を踏んだ」橋下知事を批判する~

 橋下知事率いる「大阪維新の会」は、「君が代」起立条例の可決に続き、9月府市議会にて、「教育基本条例案」「職員基本条例案」を提出する予定である。もし、この条例案が可決されてしまえば、大阪全労協青年部の組合員の中にも、この条例の影響を直接的に受ける仲間がいる。

 支持率80%とも言われる橋下知事。
周囲に、彼を支持する人間がほとんどいない環境にいるせいか、
この高支持率には疑念を抱くが、メディアはそう謳っている。

 「教育基本条例案」及び「職員基本条例案」可決を阻止するためには、
やはり、橋下知事の言動を分析及び反論していく力が必要となるだろう。

 これから数回にわたり、大阪教育合同労働組合のHPに掲載されている橋下分析『橋下知事の問題点を突く ~「虎の尾を踏んだ」橋下知事を批判する~』を転載し、橋下知事及び今回提出予定の2つの条例案を分析する足がかりとしたい。

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橋下知事の問題点を突く

 ポピュリズムからナチズムへ 

橋下徹知事の政治手法はこれまでポピュリズムと言われてきた。かつての小泉首相と似ていた。しかし、政党「大阪維新の会」をつくり、会員を府議会等へ進出させ、その多数決論理をもって「君が代」起立条例や府議会議員定数削減条例を可決するあたりから、その手法はナチズムと違わなくなってきた。組合は、やがて消えていく知事ととらえて、その政治手法を批判してこなかったが、看過できる段階は過ぎた。橋下知事は「虎の尾を踏んだ」のである。今後は、容赦ない批判を行っていく。

 ドイツの牧師であり反ナチス行動で知られるマルティン・ニーメラーによる詩『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』は、手遅れになる前に反ナチズムで立ち上がるように警告している。下記の『詩』の次の章句が来る前に、橋下政治を退場させよう。

 -橋下が公務員を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、公務員でなかったから何もしなかった-

まず、橋下知事が労働法はもちろん、労働者あるいは資本主義について基礎的理解力がないことを批判する。そのために、彼のメールを見てみよう。

※ポピュリズム・・・大衆迎合主義(しかし、橋下知事の政治手法は、そこから一歩進み、国民や府民に冷静な判断を求めるのではなく、目先の利益や感情に訴え、数の力で押し切る政治手法へ変わってきた。)

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From: 橋下徹
Sent: Saturday, May 07, 2011 11:26 AM
Subject: 君が代不起立問題

この問題は、今の教育行政のおかしさの象徴だと思います。
僕は教育内容(中身です)に政治が介入することは控えるべきだという思いで、
これまで教育に対して一定の配慮をしてきたつもりです。
ところが教育現場は、教育委員会制度を盾に、
政治=民意への配慮を欠き過ぎていることが多々あります。
保護者が求めていることを汲み取るのが政治の役割。
教育現場が政治を一切無視するということは、
教育現場(行政)の保護者無視そのものです。
君が代を起立して歌うというのは、社会儀礼であり、組織のルールです。
今の日本、国家を歌う場では、必ず起立、脱帽を求められる。
教員は、そういう場に出たことがないのか、それともそういう場でも起立しないのか。

社会常識を教える場が教育現場。
自分の思想で社会常識に違反することは、教育現場だからこそ許されない。
こういう教員は、自分の子どもが、サッカーの試合に出る、剣道の試合に出るとき、
君が代斉唱をする場合、自分の思想で着席していたら良いんです。
そして保護者仲間から奇異の目で見られれば良い。
誰からも批判を受けない、社会の目が行き届かない学校現場で、
非常識なことをするのは卑怯極まりない。
自分の子どもや、子どもの友達、そしてその保護者の前で、
自らの思想に基づいてこの非常識な行動をやれば良い。そこまでできるのか。

また、組織のルールである以上、それが嫌なら公立教員を辞めれば良い。
公務員の身分保障に甘え過ぎています。
どこの会社に、社歌を歌うのに着席したまま歌う会社があるのか。
大阪府庁でも、採用任免式では、国旗の下で君が代を起立して歌うようにしました。
論理的な問題ではなく、社会常識の問題ですから、最後は政治が決することです。
教育の中身の問題ではないので、教育の中立性を振りかざす問題ではありません。

これまで教育委員会は、きっちりと指導していると言っていましたが、
まだ26校もの学校で起立していないとなっています。
教育委員会は、組織として成立しているのでしょうか?
職務命令まで出して、それでも言うことを聞かない。
また、そもそも教育委員会が職務命令さえ出していないとのこと。
知事部局ではあり得ません。

教員を管理する組織はどこなのでしょうか?
教員だけ管理されないなんてあり得ません。
教員は自由業ではありません。

ある意味、管理者の管理監督責任です。
通常の組織であれば、管理者交代となる事態です。

なぜ職務命令に従わせられないのか。
そもそも、教育委員会が、起立して歌わせるという意思があるのに、
組織的にそれすら実現できないということはどういうことなのか。

保護者はこんな教員を求めていない。
それが僕の政治感覚です。

教育委員会が教員をきっちりと管理できなければ、教育現場は無法地帯となります。

教員も組織の一員であるという自覚がなさ過ぎる。
教員は自由業ではない。
自由業に就きたいのであれば、身分保障がないリスクを取るべき。

身分保障の中で、自分の好き放題にするなんていうのは、最悪です。

そして社会常識を汲み取る力がなさ過ぎる。
何が社会常識かは、価値判断にかかわること。
意見が割れたときには、最後は公選職が決めることです。

組織のルールに従えないなら、教員を辞めてもらいます。

まず、3年生の担任の半数以上が起立しなかった課題校を教えて下さい。
そして、起立しなかった教員の所属の学校名、氏名全てを教えて下さい。
高校教育には多大な公金投入をしています。
予算増額をしてきました。

大阪全体の行政を預かる立場として、そして公金投入する判断材料として、
教育現場の状況を把握するのは知事の務めです。

教育委員会は、どのようにマネジメントをしようとしているのでしょうか?
きちんとマネジメントしようとすれば、全員に職務命令を出せば良いのです。
そして、違反を積み重ねれば、それに従って懲戒の段階を上げて、
最後は懲戒免職か、分限免職にすれば良い。
そのルールもないのではないでしょうか?
ルールを作ることもマネジメントです。
ビシッとルールを作って、組織全体に示す。
3アウト制ぐらいにして、3回違反すれば、免職にするルールにすれば良い。

教育委員会は、本気で、教育現場をマネジメントする覚悟があるのでしょうか?
本気で君が代を起立で歌わせる覚悟があるのでしょうか。

この3年間、この問題でいつも教育委員会はしっかりと指導するという答弁ばかり。
その結果、まだできていません。
これは管理監督責任です。

本気でやるなら、上記のルール化をすれば良い。

教育委員会がマネジメントできないのであれば、条例化するしかありません。

君が代の起立斉唱は、府教委の命令事項でもあります。
教育現場が、管理者である府教委の命令に従わないということであれば、
条例化せざるを得ません。
教育委員会が知事とは独立の機関であるということを都合の良いように教育現場は
解釈して、府教委の命令に従わなくても、民意に反しないと考えているのでしょうか?

しかし、委員の任免は知事の専権事項であり、
委員の任免を通じて、民意を教育現場に注入します。
ということは、府教委の命令に従わないということは、民意無視そのものです。
起立しない教員も、守られた自分の学校でしか、そんな振る舞いはできないはず。
1万人の府民の前で、そんなことは絶対にできない。
罵声を浴びせられることは必至ですから。

僕らは1万人どころか、その何十倍、何百倍の民意を背景に受けています。

国家を歌う際には、起立して歌うべし。
これが僕の政治感覚です。

そしてこれは教育内容の問題ではありません。

起立して歌わない教員は、大阪府民への挑戦と捉えます。

まずは課題校、起立しない教員の所属校、氏名の把握から始めます。
至急、報告下さい。

今後教育委員会は、この問題にどのように取り組むのか教えて下さい。

教育委員会ができないのであれば、教員を含めての公務員管理の問題として条例化
していきたいと思います。
教育組織のマネジメントの第一次的責任は教育委員会です。

橋下


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From: 橋下徹
Sent: Sunday, May 08, 2011 7:33 PM
Subject: 君が代不起立問題

この問題は考えれば考えるほど、今の教育行政の病理の象徴で、
ここを正せるかどうかが、今の教育行政のポイントだと感じます。
急所を捉えるのは僕の役割であり、政治感覚です。
そんな大したことないと感じる人も大勢いるでしょうし、
なぜポイントなのか分からない人もたくさんいるでしょう。
これまでの制度を絶対的な是とするのは行政感覚です。
しかし、僕の政治感覚では、教育行政のあらゆる欠陥が凝縮した結果として、
不起立問題が生じているのだと感じます。
教育行政は、組織として成り立っているのかという、
僕の組織マネジメント論の琴線に触れる問題です。

君が代は起立して歌うということを、
教育行政の最高意思決定機関である教育委員会が決定しました。
それを現場が執行しない。
もうこれは組織ではありません。

校長が学校をマネジメントできていない。

これは、マネジメントできない校長を配しているのか。
これは校長人事の問題です。
それとも、校長が組織マネジメントできない制度となっているのか。
いつも僕が言っている、校長の権限です。
同時に、職務命令に従わない教員の人事です。

僕はこれまで教育問題に関し繰り返し言ってきたことは、上記3点で、君が代不起立
問題でもものの見事にこの3点が問題になっています。

年功序列等で校長人事をやる時代ではなくなりました。
学校をマネジメントできる校長を配置しなければ、教員を従わせることができません。

不起立問題が生じた校長は、当然、交代させるのが組織マネジメントです。
民間組織では、管理能力不足と言うことで即交代です。
それぐらいマネジメントできる校長でなければ、単なるお飾り校長です。

校長サイドからは、そんなことを言われても・・・・という反論があるかもしれません。
その場合は、校長に権限が与えられているかの問題です。端的に人事権です。

教育委員会が人事権を握り、校長に人事権がなければ、
教員は校長の言うこと等聞きません。

校長もマネジメントしようがない。
そして、教育委員会が人事権を握り続けるのであれば、そのような不起立教員を、
的確な人事権の行使でマネジメントしているかです。

上記3つの問題が病巣。
マネジメントできない校長が校長となり、校長に最後は教員に言うことを聞かす権限がない。
校長に人事権を与えず、教育委員会が人事権を握っておきながら、
不起立教員に対して厳格な人事権の行使をしていない。
不起立教員が出た学校の校長は交代。
その代り、校長に人事権を持たせ、責任を負わせる。

これが当たり前の組織マネジメントです。
それを複雑怪奇な人事権の仕組みを作り、誰もが責任を負わず、
権限も持たないような仕組みになっているのが今の教育行政です。
責任の所在がはっきりとしない、行政の悪弊の典型です。

不起立教員がこのように発生したことに対して、誰がどのような責任を負うのでしょうか?
結局、ちゃんとやりますという教育委員会の答弁で終わってしまい、
許されるのが今の教育行政です。

責任をハッキリとさせましょう。
誰の責任で、どのような責任を取らなければならないのか。
そうすれば、今の制度をどのように改めなければならないのかが見えてきます。

大阪教育合同労働組合HPより)

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