スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

労働情報連載エッセイ⑫:「沖縄」から見た「大阪」(後編)

労働情報連載エッセイ「若者が変える 若者と変える」の第12弾の紹介です。
5月13日の橋下発言の直後、沖縄を訪れ、沖縄平和行進に参加した仲間のエッセイ、後編です。


『沖縄』から見た『大阪』(後編) 

 南風原(はえばる)文化センターを訪れた翌日の5月19日、この旅のメインである「沖縄平和行進」に参加した。今回、大阪全労協青年部は東京全労協及び全国一般東京労組共催の「沖縄反戦・平和学習&平和行進」に参加し、共に沖縄の地を歩くこととなった。

 コースは南コース(普天間飛行場が見える嘉数高台公園出発)で、普天間基地に沿って歩くコースだった。天候がすぐれないという予報通り、出発式開始の前あたりから雨が降りだし、集会がすすむにつれ雨脚が強くなり、強烈に叩きつけるようになってきた。しかし行進が出発する頃には小雨になり、少しは歩きやすくなっていた。

 この平和行進では、大阪の経験とは違う点が3つあった。一つは、大きな交差点以外に警察官の姿がほとんどないことだ。その他の場所は基本的に主催者側の交通整理員が行進の指揮を行っていたのには驚いた。その他には、沿道から多くの声援があったことと、行進の途中で数十分の休憩を取ったことは、初めての経験だった。そして6km弱のコースを歩き、「5・15平和とくらしを守る県民大会」(以下、県民大会)の集会会場、宜野湾市海浜公園に到着した。

 公園内で昼食を食べていると、また雨足が強まってきた。容赦無く降り注ぐ雨の中、沖縄平和運動センター・山城博治事務局長の熱い司会で県民大会が始まった。しかし雨が強過ぎて、ほとんどの登壇者の発言は割愛され紹介のみとなり、予定を大幅に早めての終了となった。これで「5・15平和行進」の全ての行動は終了となった。

 日常の暮らしに戻った今でも頭から離れないのは、韓国から来られた元「従軍慰安婦」金福童(キムボクトン)さんが語られた過酷な体験と、それを否定する橋下大阪市長などの発言だ。

 私の住んでいる大阪には「米軍基地」は無い。しかし沖縄から移住してきた多くのうちなんちゅ~が暮らしている。私の母方の家系も、母が幼少の頃に沖縄から関西に移り住み、祖父は今、大阪市大正区で叔父達と共に生活している。

 その大正区で友人達が「6・23 慰霊の日企画 イクサユー(戦世)」というイベントを企画している。内容は第1部が戦世についてのドキュメンタリー上映、第2部は比嘉座 座長の短編一人芝居、第3部は20代~50代による戦世についてのディスカッションだそうだ。

 私はそこでぜひ、今回の旅で学んだ事、考えた事を話したいと思う。大阪に住む私が、沖縄に犠牲を押し付けないためには何をするべきかを考えるために。

2013年7月1日発行 労働情報866号

白田伸樹(しらた のぶき)
1979年、大阪府豊中市生まれ。
2012年12月、職場の仲間と共に大阪府理容生活衛生同業組合 労働組合(略称=大理生労組)を結成。同労組は2013年2月に大阪全労協に加盟。同年4月より大阪全労協青年部の学習会担当となり、現在に居たる。

スポンサーサイト
プロフィール

ozspring

Author:ozspring
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。