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『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』/マルティン・ニーメラー

橋下分析/橋下知事の問題点を突く~「虎の尾を踏んだ」橋下知事を批判する~の「ポピュリズムからナチズムへ」の文章の中で紹介されていたマルティン・ニーメラーによる詩『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』とはどんな詩だろう。 

 この詩にはいくつかのバージョンがあるが、その一部を下記に紹介する。
「君が代」起立条例を可決させ、不起立教員をターゲットにした処分条例案として「教育基本条例案」「職員基本条例案」を9月府市議会に提出しようとしている橋下知事及び「大阪維新の会」と向き合う時、この詩は重要な示唆を与えてくれる。

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『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』
マルティン・ニーメラー

ナチ党が共産主義を攻撃したとき、
私は自分が多少不安だったが、
共産主義者でなかったから何もしなかった。
ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。
私は前よりも不安だったが、
社会主義者ではなかったから何もしなかった。

ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。
私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。

ナチ党はついに教会を攻撃した。
私は牧師だったから行動した― しかし、それは遅すぎた。


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彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、
(ナチの連中が共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった、)
私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった、
私は社会民主主義ではなかったから。

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった、
私は労働組合員ではなかったから。

彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった、
私はユダヤ人などではなかったから。

そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。


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 この詩の中に登場する「共産主義者」や「社会民主主義者」や、「学校」や「新聞」や、「教会」や「牧師」や、「ユダヤ人」や「労働組合員」は、他のあらゆる存在に書き換えることが可能である。ためしにあなたの存在を表す、あなたがアイデンティティを感じている様々な言葉を当てはめて、この詩を読んでみてほしい。

「橋下が公務員を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、
公務員でなかったから何もしなかった」

 その結果、
「そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

 という状況にならない保障なんて、どこにあるだろうか。
今、大阪で起きている状況は、まさにこの詩が警鐘を鳴らす、その状況そのものであると言っても過言ではないだろう。
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